大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和51年(行ウ)4号 判決

原告 佐藤孝 外二七名

被告 建設大臣 国

主文

原告らの被告建設大臣に対する訴えをいずれも却下する。

原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告建設大臣が昭和四七年九月二六日付け建設省公示第一六三六号をもつてした別紙物件目録記載の区域の土地に対する河川予定地指定は無効であることを確認する。

2  被告国は原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  被告建設大臣の本案前の答弁

主文第一、三項同旨

三  被告らの本案の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  被告建設大臣は、多目的ダム建設を企図して、河川法五六条一項に基づき、昭和四七年九月二六日付け建設省公示第一六三六号をもつて、別紙物件目録記載の区域の土地につき、河川予定地指定(以下「本件指定」という。)をした。

2  原告らは、本件指定に係る区域内に、土地建物を所有又は賃借しており、後記4(二)のとおり、同指定によつて権利侵害を受けているから、その無効確認を求める法律上の利益を有する。

3(一)  河川法五六条一項は、「河川管理者は、河川工事を施行するため必要があると認めるときは、河川工事の施行により新たに河川区域内の土地となるべき土地を河川予定地として指定することができる。」と規定し、更に同条二項は「河川予定地の指定は、当該河川工事を施行することが当該工事の実施の計画からみて確実となつた日以後でなければ、してはならない。」と規定している。

(二)  右法条は、河川工事の施行により新たに河川となる区域内の土地となるべき土地を河川予定地として指定し、その区域内における土地の掘さく、建物の新築などの財産権の行使に制限を課するものであるから、いつ行われるかもわからない工事のため、予定地制限が加えられたのでは、当該土地及び地上建物所有者らに極めて重大な財産権行使の制限を課し、ひいてはこれらの者の生存権をも侵害することになるため、河川予定地の指定は、河川工事を施行するため必要があり、かつ当該河川工事を施行することが、当該工事の実施の計画からみて確実となつた日以後でなければならない、と厳格な指定要件を定めたものである。

(三)  したがつて、ダム建設のための河川予定地指定をするには、当該ダム建設が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであり、その建設の必要がある場合でなければならないことはもちろんであり、少なくともダム建設の基本計画が存在し、その他ダム建設関係の計画、工事実施計画が具体化し、更にダム建設に伴う用地取得が確実となつた時点で、初めて、当該河川工事を施行することが、当該工事の実施計画からみて確実となつた日といえるものである。

(四)  しかるに本件においては、既に述べたように、被告建設大臣は、将来、多目的ダム建設を企図して、本件指定を行いながら特定多目的ダム法四条所定の基本計画すら作らず、将来果たして建設されるか否かも全くわからないような状態の時点で、本件指定を行つた。この結果、原告らは後記4(二)のように、その財産権行使につき重大な制限を受けているばかりでなく、生存権をも脅かされている。

(五)  本件指定は、右のように極めて重大かつ明白な瑕疵があり、河川法五六条一、二項及び憲法二九条、二五条に違反し、違法、無効である。

4(一)  河川予定地指定が行われると、その公示期日以後は、河川予定地内においては、土地の掘さく、盛土、又は切土その他土地の形状を変更する行為、あるいは家屋、その他工作物の新築又は改築などの行為は、河川管理者たる被告建設大臣の許可をあらかじめ受けなければ、これをすることができないこととなつている。

(二)  しかして、原告らはいつ建設されるかも全くわからない本件多目的ダム建設工事のための本件違法、無効な河川予定地指定によつて、右公示以後、実に四年間近くも自らの財産権行使を違法不当に制限され、生存権すら脅かされ、多大の精神的苦痛を被つている。

(三)  右は被告建設大臣が公権力の行使に当たつて違法、有責に原告らに損害を与えたものであるから、被告国は国家賠償法一条により原告らの被つた損害につき、賠償義務がある。

(四)  原告らが本件指定によつて被つた精神的打撃は計りしれないものがあるが、これが慰謝料は、少なくとも原告ら各人につき金一〇〇万円を下らない。

5  よつて、請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。なお、被告国に対する付帯請求は、原告らの慰謝料に対する訴状送達の翌日以降支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金である。

二  被告建設大臣の本案前の主張

本件指定は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、原告らの被告建設大臣に対する訴えは不適法である。

河川予定地指定によつて課される制限は、土地の形状変更等につき許可を要するとしただけで、何ら具体的な規制は加えられていないのであり、また、仮に許可を得られないことによつて現実に具体的な損失を受けた場合には、その損失を補償すべきことになつている(河川法五七条二項)のであるから、国民の財産権は何らの制限も受けていないことは明白である。河川予定地指定は、将来の河川区域指定を予定した青写真的な性質を有するにすぎず、土地の形状変更等につき許可制となる制限を受けることになるのは、河川工事の推進という主目的を確保するための附随的効果にほかならない。

したがつて、河川予定地指定は、特定個人の権利、利益に対して直接かつ具体的な法的効果を生じさせる処分ではないから、抗告訴訟の対象とはならないものと解すべきである。

三  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の事実は認める。なお、別紙物件目録記載の字のうち、池鶴、古金川は官報に掲載されていないが、実際に存在する。また、ほかに字辻がある。

2  同2の事実中、原告らの一部が原告らの主張する土地建物を所有又は賃借していることは認めるが、その余は不知。なお、原告らが本件指定の無効確認につき法律上の利益を有することは争う。

3  同3の主張は争う。なお、特定多目的ダム法四条所定の基本計画の告示前に本件指定がなされたことは認める。

河川法五六条二項にいう「確実となつた日」とは、財政的にある程度裏付けができ、河川工事の意思が確定した日、すなわち、実施計画調査費の予算が確定した日などと解すべきである。これを本件指定に係る河川工事である川辺川ダムについてみると、昭和三九年から予備調査が始まり、実施計画調査費は、昭和四二年六月から予算が計上され、同時に建設省川辺川工事事務所も開設されたこと、更に、川辺川ダム建設事業計画書が昭和四三年八月に発表され、総貯水量、湛水面積、常時満水位の諸元が確定されたこと、及び、これにより「新たに河川区域内の土地となるべき土地」も明確にされ、昭和四四年度には、建設事業費が認められ、直ちに工事用道路の調査、水没代替地の基本設計等のダム本体工事等のための準備工事に入り、昭和四六年度には、地元の了解の下に、工事用道路(県道人吉宮原線)の建設改良に着手したことから考えると、昭和四七年九月二六日の本件指定の時点においては、法律的にも現実の上からも川辺川ダム建設事業を施行することは、工事の実施の計画からみて確実であつたことが明白である。

河川予定地指定は、河川工事を推進し、かつ補償費用の増加を防ぎ、無為な投資を防止させようというものであり、右指定による河川法五七条の規制は一般的、抽象的なものであつて、原告らの述べるような生存権までも制限しようとするものでないことは明白である。なお、同条による行為許可申請が不許可になつたことによる財産権の行使の制限については、同条において、通常生ずべき損失を補償することとされている。

4  同4(一)の事実は認める。同(二)ないし(四)の事実は否認する。

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこでまず、河川予定地指定行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかについて判断する。

河川予定地の指定は、河川管理者(河川法七条)が、河川工事施行のため必要があると認めるときに、河川工事の施行により新たに河川区域(同法六条一項)内の土地となるべき土地を河川予定地として指定するもので、公示を義務づけており(同法五六条一項、三項)、河川工事については、同法八条が、河川の流水によつて生ずる公利を増進し、又は公害を除却し、若しくは軽減するために河川について行う工事である旨規定していることからすれば、河川予定地の指定は、右河川工事の施行に関する一連の手続の一環をなすものとして、河川工事の右目的に従い、高度の行政的、技術的裁量によつて、決定されるものということができる。したがつて、右指定は、河川工事を円滑かつ効率的に行うためになされるものであり、これが公示されるのは、特定個人に向けられた具体的な処分としてではなく、一般処分としてなされるものであるということができ、これは、指定された河川予定地が将来河川区域内の土地となり、関係国民に経済上重大な影響を及ぼすため、このことをあらかじめ一般国民に周知させることを目的としているものであると解される。

ところで、行政庁の行為が一般処分の形式でなされる場合、これを抗告訴訟の対象とするには、行政庁の行為によつて、特定個人につき、右行為に関する不服の訴訟を認めるに値する権利侵害があるといえるかどうかが吟味されなければならない。河川予定地の指定についてこれを考えるに、同指定が公示されると、河川予定地において、土地の掘さく、盛土若しくは切土その他土地の形状を変更する行為、又は、工作物の新築若しくは改築をするには、河川管理者の許可を受けなければならない(同法五七条一項)ことになつているが、これは、河川工事施行を円滑かつ効率的に行う必要に基づき、法律が特に付与した河川予定地指定の公示に伴う附随的な効果にすぎないのであつて、右公示自体によつて、法律上、河川予定地の所有者、賃借人、同地上の建物の所有者等の有する権利に対し具体的な変動を与える効果は生じないのである。のみならず、右許可を要する各行為につき許可を受けられなかつた場合には、この不許可処分につき抗告訴訟を提起し、この中で、右不許可処分についての違法事由のほか、河川予定地指定についての違法事由をも主張できると解されるのであるから、河川予定地について、右各行為が不許可となつた場合に生ずる具体的な権利侵害は、右の救済手段によつて十分達成できるのである。したがつて、公示された河川予定地の指定に対して抗告訴訟の提起を認めなければならないような直接の権利侵害があると解することはできず、一般処分である河川予定地指定行為が抗告訴訟の対象となる行政処分であるということはできない。

三  次に、原告らの被告国に対する請求について判断するに、右二において判示したとおり、公示された河川予定地の指定自体によつては、河川予定地内に土地建物を所有又は賃借している者に対して直接の権利変動を及ぼさないのであるから、たとえ原告主張のとおり、本件指定の公示以後四年間近く河川工事である多目的ダム建設がなされなかつたところで、本件指定そのものによつて原告らの財産上の権利行使が侵害されたと認めることはできず、まして、原告らの生存権が脅かされたと認めることもできない。もつとも、原告らは、被告建設大臣が特定多目的ダム法四条所定の基本計画すら作らず、将来果たして建設されるか否かも全くわからないような状態の時点で本件指定を行つた、と主張するところ、右基本計画の告示前に本件指定がなされたことは被告国の認めるところであるから、もしダムの建設が全くわからない状態、すなわち、その準備的行為も何らの計画も全くない状態で河川予定地の指定が行われたとすれば、その違法性は重大で、その効果につき別途の考察を加える必要もあるものと解されるが、被告建設大臣が、建設を計画したダム(川辺川の多目的ダム)に関し、昭和四一年七月二〇日に、河川法一六条に定める工事実施基本計画(球磨川水系工事実施基本計画)を決定していることは、当裁判所に顕著な事実であるし、実施計画調査費について同四二年六月から予算が計上されたことは原告らの明らかに争わないところであり、特定多目的ダム法四条所定の基本計画がその後作成され昭和五一年三月三〇日に告示されたことも当裁判所に顕著であるから、右に仮定したような重大な違法は、本件においては到底認められない。むしろ、河川予定地の指定がさきに判示したように直接具体的な権利の変動を与える効果を有しない以上、指定の要件を過大に厳格にすると、かえつて、指定をしないまま放置することによる国民経済上の不利益が問題となることも考えられる。

したがつて、本件指定によつて財産権行使が違法不当に制限され、生存権も脅かされたことを前提とする原告らの被告国に対する慰謝料請求は、その余の請求の原因事実につき判断するまでもなく失当である。

四  してみれば、本件指定の無効確認を求める原告らの被告建設大臣に対する訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、また、原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却することとして、民訴法八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀口武彦 塩月秀平 加登屋健治)

原告目録、物件目録及び河川目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例